• 画像追加

    「定期演奏会プログラム」の画像は終了しました。
    残念ながら平成4年分で終わりとなっています。
    定期演奏会そのものが終わっていたのかは不明です。

    昭和41年 千葉弘彦氏提供の画像を公開しました。


  • 記憶は薄れるが記録は残る

    一昨年夏、数十年ぶりに母校野球部の応援のため天台(県総合スポーツセンター)球場に行きました。
    卒業後は毎年のように応援に行っていましたが本当に久しぶりでした。
    興味は野球の応援もさることながら我がブラバンの演奏を楽しみに応援団席近くに陣取りました。
    が、ブラスバンドは現れなかったのです。


    昭和40年代の応援風景 写真は山口さん(41年機械科)提供

    部員数が少なくなっているというように聞いてはいましたが、ここ数年(当時)の新聞記事では少数クラスBでの入賞が続いていたということもあったので、この様なことになっているという現実にはただただショックでした。
    その後、母校に行く機会があり、それとなく確認すると休部状態にあるとのことでした。
    そんな矢先、所属する南総支部の先輩が地元の方たちと、残すべき資料をもとにアーカーブスを立ち上げ、その実績を「記憶は薄れるが記録は残る」として支部会報に投稿されました。
    これをヒントに、昭和27年の創部後70有余年の歴史を刻んできた吹奏楽部の有形無形の記録を残していく必要があると考え、令和7年3月発行の同窓会報に「千工吹の足跡」として投稿し、吹奏楽部OBに呼びかけました。
    反応はすぐに表れ定期演奏会プログラムや音源、写真など大量の資料が届けられました。
    現在では昭和37年(第5回)から平成4年(第34回)まで29年間の定期演奏会プログラムが勢ぞろいしています。(昭和61年 スキップ)
    このプログラムに記載されていた出演者情報により、吹奏楽部OBの名簿人数は400人を越えました。
    また、提供いただいた写真により、懐かしい部室内外の様子や練習風景、水島先生や石渡先生のリアルな写真が入手できました。
    令和5年以降については情報が集まりづらく現状は苦戦していますが、これからも地道に情報収集を続けたいと思っています。